話題の広場

美味しい静岡・いっぴんコラム

その2、杜氏の技能王国

洗米作業。

吟醸酒用の米は、大量の水で手洗いする。ヌカやぬめりを残さず、漬け水が透明になるまで完璧に洗うのが静岡流。1月中旬~2月中旬の厳冬期に造るため、外気温より水温のほうが高い日もあるが、終了後は指先が芯から冷える。

 前回のコラムで、「静岡県の酒造業は、杜氏の出身地が幅広く、杜氏の世界では『静岡で杜氏ができれば一人前』といわれ、それだけハイレベルな吟醸酒造りが確立された」と紹介しました。今回はそのことを少し詳しくお話しましょう。

  杜氏(=酒造り職人の長)というのは製造業の中でも特殊な職種です。日本酒は米を原料にしていますので、毎年秋、米が収穫されなければ杜氏の仕事も始まりません。したがって、日本では伝統的に、農家が、米を収穫し終わった農閑期に酒蔵へ出稼ぎに行き、酒が搾り終わる春まで勤め、故郷へ戻って田んぼや畑作業に従事するという営みが繰り返されてきました。酒造業は製造業(第二次産業)に分類されますが、農業(第一次産業)の担い手に支えられた、いわば1.5次産業なんです。

 酒造りは杜氏一人ではできません。酒蔵の生産規模にもよりますが、最低でも4~5人のスタッフが必要です。しかも酒造りの期間中は、酒蔵に住み込んでほとんど休みなく、寒さや眠気と闘いながら働きます。麹や酵母といった微生物を扱うため、24時間拘束されるので、よほど気心の知れた仲間同士でなければうまくいきません。そのため、杜氏は自分の故郷から酒蔵で稼ぎたいという意欲的な農家やその子弟を選んでチームを組み、チーム単位で蔵元に雇用してもらうという方法を取ります。杜氏はいわば、“製造部長兼人事部長”なんですね。優秀な杜氏というのは、高い技能だけでなく、蔵で働く職人(蔵人)たちを上手に使いこなす能力が求められるのです。

麹造り。
蒸した米に麹菌を植え付ける。吟醸酒の場合は3昼夜余りかかって麹米を造る。麹室(こうじむろ)の中は、菌の繁殖に必要な室温(32~36℃)に保たれる。真冬の外から真夏の室内へ、不眠不休の作業が続く。杜氏や麹屋(麹造り担当)は強靭な体力と、微生物の繁殖具合を見極める繊細さが求められる。

 静岡県には旧大井川町を中心とした志太平野一帯に「志太杜氏」という杜氏集団が存在し、大正末期から昭和初期の最盛期には100人以上の杜氏・蔵人が県内全域の酒蔵で活躍しました。県内でもこの地域に杜氏集団が形成された理由は、藤守八幡宮の儀礼に伴うお神酒づくりが伝承されていたこと、地区一帯が湿地帯で裏作ができず、秋~翌春は酒造りに集中できたこと等が考えられます。酒造りの仕事がひと段落する春先にはサクラエビ漁に出る者や、川根や牧之原など茶産地が近いことから茶師に早変わりする杜氏もいました。志太杜氏は静岡県中部の第一次産業の貴重な担い手でもあったのです。
しかしながら、大井川水系の良水に恵まれたこの地域には、戦後の高度成長期に大手食品工場、製薬工場、飲料メーカー等が進出し、安定した勤め先を求めて転業する者や職人仕事を敬遠する若者が増えたことから、第一次産業の就労人口が減少し、それにともなって酒造従事者も減っていきます。
県内の酒蔵では南部杜氏(岩手県)、能登杜氏(石川県)、越後杜氏(新潟県)、広島杜氏など、全国各地から杜氏や蔵人を招聘するようになりました。中には酒のコンテストで輝かしい受賞歴を誇る名杜氏や、名杜氏のもとで経験を積んだ若い杜氏が静岡へやってきて腕を磨くことも。東北や北陸に比べて温暖な静岡ではリスクが多く、酒どころとしての地域イメージも高くないせいか、「親方から静岡の蔵へ行けと言われ、最初は島流しにあったみたいな気がした」と苦笑いする人もいました。

仕込み作業。

蒸し米、麹米、水を3回に分けてタンクに入れて、もろみを造る。底の深いタンクに長い櫂棒を入れて攪拌させる作業はなかなかの力仕事。昔は米や水を運ぶのも人海戦術で、重い荷を抱えて梯子や梁を昇り降りする危険な作業だった。酒蔵が女人禁制だったのは、危険な重労働ゆえ、という理由もあった。

 昭和40年代後半から50年代後半にかけ、県内の酒蔵には志太杜氏と、他県のさまざまな流儀の杜氏たちが群雄割拠しておりました。
このような状況の中で、静岡県工業試験場(現・静岡県工業技術研究所)と、静岡県酒造組合との一般共同研究として、民間活力を利用する形で、昭和50年代後半、同試験場で培養に成功したのが「静岡酵母」でした。酵母というのは酒質を決める大事なもので、新しい酵母を使うというのは蔵元にも杜氏にもリスクの高い挑戦ですが、県内で腕を磨き合っていた杜氏たちは、これに果敢に挑み、試行錯誤を続け、昭和61年の全国新酒鑑評会では出品21蔵中、金賞10・銀賞7=入賞率日本一に輝きました。この快挙は、県の技術支援や、蔵元が高コストの吟醸酒造りに本腰を入れ始めたこと等、現場をサポートする環境が整ったことが大きいとされていますが、私は第一に、現場で実際に汗を流した杜氏や蔵人たちの努力に拍手を送りたいと思っています。
酒造従事者を取り巻く環境が大きく変わり、後継者が減る中、機械化・省力化するどころか、最も手間のかかる吟醸酒造りで成果を求められる立場に置かれ、職人としてのやりがいを大いに感じたことでしょう。吟醸酒は、いい米、いい酵母がそろっていても、最後は人がかもすものです。

 互いに競い合い、技を磨き、今では島流しどころか「静岡で杜氏ができれば一人前」といわれるほどの技能王国を築き上げた静岡県の杜氏たち。静岡で今、評価を受ける酒蔵の多くは、蔵元と杜氏が一心同体で吟醸酒造りに挑み、ともに苦労を重ね、世代交代をしても技能を守り続けています。
さまざまな課題を抱えた第一次産業と第二次産業が、今、手を取り合って“農工連携”で新事業を模索する動きが始まっています。酒造業は農工連携の先駆者であり、働き手の能力を高め、大切にしてきたからこそ酒蔵には100年以上続く老舗企業が多いという見方もできるのではないでしょうか。

←美味しい静岡・いっぴんコラム

このホームページは静岡県の委託を受け、静岡県産品愛用運動推進協議会が運営しています。
Copyright Shizuoka Aisuikyo. All Rights Reserved